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(Mme.) Kazuko YAMAGUCHI

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私の初めて【中国旅行記】

更新日:2月21日

2024年10月17日から11月4日まで予定通り、中国-北京・桂林-に行ってまいりました。少しその体験記を書こうと思います。


今回の渡航は、私が通っていた中医学の学校Institut Huaxia Formation médecine traditionnelle Chinoise Suisse Romande Institut Huaxia(Vaud州)のカリキュラムの一環で、最終学年の仕上げとして、中国・桂林での病院実習と卒業試験のプログラムが組まれており、ディプロム取得の条件として、その実習参加と試験に合格することが挙げられていました。学業を始めたのが2020年で、コロナ禍が始まった年であり、本当にこの中国行きが実現するのか当時は何とも雲行きが怪しかったのですが、結果、予定通り日程をこなすことができ、無事に戻ってきました。


中国出身の女性校長の引率の元での団体行動であり、それ以前の私の中国体験は、飛行機でのトランジットのみで、本格的な中国訪問は初めてでした。百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、私が滞在中に感じたことを記します。病院実習など医療のことは、紙面の都合上全部は書けないので、別の機会を設けるとして、ここでは普通の一(いち)日本人が見た中国旅行記と思って読んでいただければ幸いです。


★中国に対して感じていた私のイメージ

まず、私が持っていた(持っている)中国のイメージというのは、政治的に独裁で、交渉は抜け目なく強気、共産主義で何でもコントロール、というものでした。確かに、訪中の前からビザの手配をしなければならず(滞在期間が長かったので、中国籍の人以外は全員ビザが必要でした)それがすでに一癖も二癖もあり、例えば提出の写真は背景が真っ白で、両眉・両耳が見えていなければならず(中学生の校則⁉)、両耳間の距離が何㎜、頭頂から顎までが何㎜、余白は何㎜、と規定のサイズが決まったものをコンピューターから指定のウェブサイトのフォーマットにダウンロードして、と細かい規制が…。このダウンロードがなかなか曲者で、その作業だけでなかなかうまくできずに何時間も費して泣きそうになっていたクラスメイトが何人かいました。しかも自分の情報のみならず、配偶者の職業や、両親の名前・住所、子供の情報まで求められて、ただの旅行にそんなことまで記入しなければならないのか、と半ば呆れながら仕方なしに準備を進めていました。ビザの準備をしていたのは9月で、幸いなことに、この2024年11月末から、日本人を含め大多数の国籍の人は、30日間までならビザなしで中国を旅行することができるようになりましたので、今は本当に気軽に行けるようになったと思います。


★独自のインターネットの世界

インターネットも、ご存じの方は多いと思いますが、中国は独自の世界で、Google, Gmail, Facebook, WhatsApp, LINEなど、西側資本のものはほぼ使えず、中華アプリと一部のソフトだけが使えます(Hotmailは大丈夫でした)。VPNを使って、中国国外から接続しているようにセットすれば大丈夫、と言われていたのですが、実際中国でVPNを起動させると、西側のものどころか、今まで動いていた中華アプリも全部止まってしまい、結局何も動かないので使いものにならなかったのでした。私の場合、唯一Eメールは使えたので、遠距離の家族や友人たちとの交流は、メールを通してのものになり、スマホ以前の2000年代の懐かしい時代のコミュニケーションを彷彿とさせるものとなりました。

この、ネットで平常使っているツールに繋がらないという事態には、出発前に、香港や中国本土で使えるSIMカードを用意しておけばよかった、と強く後悔しました。(校長に「SIMカード?そんなの要らないわよ、中国はどこでもWIFIがあるから、ネット接続には苦労しない」と言われていました。実際のところ、どこにでもWIFIはなかったです。)わからないことがあっても検索サイトでリサーチ出来ないというのはかなりストレスに感じました(ブラウザ自体にたどり着けない!)。日頃いかにネットに依存しているかということですね。でも本当に何でもすぐに検索できるというのは便利です。普段利用しているサイトやアプリに繋がらないということで、すごく疎外感を感じ、外の世界から遮られているという感覚にずっと陥っていました。


時々ですが、中国出身のクラスメイトが持っているポケットWIFIの電波を使わせてもらえることがあり、その子たちが持っていたWIFIの機械ではなぜか西側のアプリに接続でき(機械によってOKなものと使えないものがあり、本人たちも驚いていました)、私もそのおかげで何日かに一度メッセージをチェックすることができたのでした。比較的新しい機種の携帯であれば、eSIMをインストールして普段と同じように接続できるので、現地でeSIMを調達していたクラスメイトも多数いました。(私の携帯はeSIMに対応していない機種なのでした。eSIMをインストールして、これでどこでも電子決済ができる、と言って喜んで使っていたら、クレジットカードの会社からカードをブロックされたクラスメイトが何人もいました…一難去ってまた一難!)


★中国国内では現金無用?

校長に「中国では全部アプリで支払いができて、どこでもWIFIがあるから、現金は要らない。両替するよりAliPayなどの決済アプリをスマートフォンにインストールしなさい」と言われ、どうやら紙幣で払っても相手がお釣りを持っておらず、困るそうなので、それでは決済アプリを自分の電話に入れないと、と思って実行したのですが、中国では当然のことながら、クレジットカードとパスポート情報を紐付けて登録しなければならず、個人情報ダダ漏れ、これで私がどこで何を買ったのか中国政府には全部筒抜けなんだな、と妙に観念してしまいました。


実際のところ、どこでもWIFIがあるかというと、例えばタクシーの中では無かったし、最近はコロナが終わって外国人観光客が戻ってきたので、現金でのやり取りも以前より増えてきたそうで、中国に着いてから何度か両替をしました。何かあっても困らないように常時最小限の現金は持って歩いていて、実際役に立ったと思います。

クレジットカードは大きな店や観光客相手の店なら使えますが、一般人が買い物をする店では使えないことが多く、決済アプリに自分のクレジットカード情報を登録して、アプリで払うというやり方が、カードで直接払うよりもずっと多かったです(決済額が小さいせいもあると思います)。そしてカードがブロックされてしまったクラスメイトが複数人いて、やっぱり頼りになるのは現金!と思ってしまったのでした。


★中国は広い!北京も広い‼

到着後、最初の3日間は北京に滞在し、気功の学校で研修をする予定でしたが、受け入れ側の条件が整わず、当初の予定よりも随分と気功の時間が減って、観光の時間が増えました。北京市内を貸切バス(25名の団体!)で移動したのですが、ここで北京市の大きさを実感することになりました。


北京市は最初の頃(って一体いつ頃 ?)は、4つの区画からできていたそうなのですが、その発展に伴い、中心から輪を描くように広がっていき、今ではその広さが、一体どのくらいと思いますか?東京都(23区ではなくて東京都全体!)の7倍、四国より少し小さい程度なんだそうです !!北京市一つで、四国より少し小さい⁉どうりで、市内観光の後に北京ダックの夕食を取って、これからホテルに戻ります、というのに「1時間半の道のり」と言われたわけです。


何かにつけてスケールの大きな国だなぁ、と思ったのは、頤和園(いわえん、12世紀に造られてその後改造された、妃のための「夏の庭園」という名の世界遺産の庭園)の、西太后が軍事費を削ってまで掘らせた人工湖の周囲が15㎞(広大な湖!)とか、あの向こうに見える山はその時の土を盛ったものです、など、出てくるエピソードがすごいのと、翌日の紫禁城(故宮博物館)見学で、入場制限が1日8万人で、朝8時半に到着したらもう見学入場者の列が何千人も並んでいたことなどで、マンパワーに圧倒されっぱなしなのでした。もちろん、言わずとしれた万里の長城も「よくこんなものをあの時代に作ったね、私が敵なら諦めるわ」なのでした。


駆け足で最初の3日間を過ごした後、空路、桂林まで移動。国内線ですが、北京から桂林までは3時間ちょっと。しかも端から端を移動した、というわけでもなく、国の一部を飛行機で移動して3時間以上かかるとは、やっぱり中国って大きい国!と実感してしまいました。


★桂林、金木犀が立ち並ぶ「小さな街」 

桂林は北京より随分南に位置する、漓江という川沿いの街で、カルスト地形の、世界でも稀に見る尖塔状の小高い山々が林立するエリアです。絵のような美しい景色は、中国の20元札の裏にも印刷されていて、世界的に有名な観光地であります。桂林の「桂」は桂花(中国語読みでグイファ)=金木犀の花という意味で、金木犀が立ち並ぶ街、という意味なのですが、その名の通り、街のいたるところに金木犀の木があり、ちょうど開花の時期で、街の中を歩いていてどこからともなく金木犀の甘い上品な香りが漂ってきたのでした。


南下したことで、気温も北京よりかなり暖かかったし、首都北京より人口が少ないせいか、人の雰囲気がゆったりとした感じがしました。そして中国南部は米どころとして有名なので、お米を食べる文化が中国北部に比べて非常に強いです(中国北部では小麦の麺を食べる文化だそうです)。米粉で作った麺を出す食堂が街のいたるところにあり、どんぶりに入った茹でた麺を受け取り、自分で好きなトッピングをして、大きな鍋に入っている熱いスープ(醤油ベース)を上から注いで食べる、という、一見うどんのような感じの麺でした。これが非常に美味しく、桂林の人々は朝食からこの米麺を食べるそうです!ホテルの朝食ビュッフェにもありましたが、毎日食べても飽きませんでした。スイス人のクラスメイトは最後の頃は「もう中国式の朝食には飽きた」と言ってパンの朝食を食べていたので、やっぱり私は日本人で、アジアンテイストの食事はいくら続いても苦にならない、と思ってしまいました。


この桂林が私の師の出身地で、そのご縁から病院実習と卒業試験を行いましたが、市街は賑やかで、大きなデパートやショッピングモールがいくつもありました。若者はファッショナブルで、おしゃれに気を使っている感じ。街中のいたるところにレンタル電動スクーターがあり(これは桂林だけでなく、中国のいろんな都市にあるのだと思います)、スクーターの駐輪場が歩道の一部に位置しているので、気が付けばどこからともなく音を立てずにすごいスピードで進んでくる電動スクーターが、歩道を歩いている自分の真後ろにいた、ということが何度もあり、ヒヤッとしました。


中国出身のクラスメイトから「桂林は小さな街だから…」と言われたことが何回もありましたが、人口を聞くと、500万人弱だそうで、やっぱり中国はスケールが違う、と感じてしまいました。最後の週末に、漓江川下りといって有名なクルージングに参加しましたが、80人定員の豪華な4つ星観光船が数えきれないくらい埠頭に並んでおり、出航時間になると次々と満員の船が出て行って、どうやら30隻はあったようなので、短い時間で一気に2400人移動したことになり、この国のマンパワーはすごい、とまたまた思ってしまったのでした。


★中国の文化、食べ物その他のこと

最初の数日間を北京で過ごした時点ですでに、私の脳はすっかり中国文化の深さに魅了されており、さすが4000年の歴史・文化、素晴らしい、と思うようになってしまっていました。入国前にビザを申請していた頃の、中国に対する嫌悪感というのは、政治的なものに対してのことであり、一旦中国国内に入ってしまえば、人は親切で、食べ物は美味しいし、文化・歴史は素晴らしいと絶賛モードに切り替わっていったのでした。ただ不便なのは、ネットが自由に使えない、大きな声で中国政府を批判するような言動は慎まなければならない(現地ガイドさんにもくれぐれもその手のことはしないように、と前もって注意されていました)ということで、政治が絡むととたんに冷や水を浴びせられたような気分になったのでしたが、その部分を除けば本当に見どころ満点で、紫禁城の迫力や、頤和園の優雅さなど、駆け足では本当に一部しか見れていないと悟り、また是非訪れてみたい、と思っています。

中華料理と言えば、世界三大料理の一つに数えられるほど美味で歴史がある料理なので、私が中国で食べた料理もおいしかったです(スパイシーな料理が多く、辛いのが苦手な人は困るかも…)。特に桂林に南下してからは、気候が温暖で土地が肥沃なせいか、野菜・果物が豊富で種類が多く、どれも新鮮なものが売り場に並んでいました。意外だったのが、中国では、食べ物が豊富で安く手に入るので、「もったいない」という概念があまりなく、日本人の方が食事を残さず食べようとするのかも、と思ってしまいました。中国では出されたものを完食せずに、残すのが満足したというサインのマナー、という作法がありますが、それはやはり、食べ物がふんだんにある土地柄だからこそ、生まれた文化なのでしょう。調理したものが少し冷えたらそれだけで価値が下がるようだし、ホテルの朝食ビュッフェの席に「自分が食べる分だけ取りましょう」という中国語の札が置いてあり、それを見た、長い中国留学経験を持つスイス人の引率教員の一人が「中国人もやっと食べ物に対してエコな考えを持つようになったのね」と感慨深そうに言っていました。たとえ経済的に貧しくても、食べるものに困らない土地の人々は、その表情が切羽詰まっていないように感じました。


工業でも通信でもそうですが、自動車は見たことがない中国のメーカーのものがたくさん走っていて、インターネットはGoogleのような検索エンジンの中国版なら百度(バイドゥ)、配車のUberならDiDi、UberEatsならナントカ美団と、自国の情報網で完結していて、一つの市場が出来上がっていると感じました。経済制裁されようが、輸出品に関税をかけられようが、中国は国内市場が膨大なので、痛くも痒くもなく、経済封鎖されたところで農作物は自国内でたくさん取れるので食べるには全く困らないのが現状です。人口が多い分、優秀な人材も多いであろうし、商才に長けた人が多く、レストランでもカラオケでも、売れるものなら日本発のものを即座に取り入れて、消費者の心をつかむ商売をしている印象を持ちました。振り返って我が日本-食料自給率は低く、これから若者は減っていき、将来が不安です。日本は戦後がんばってきたけれど、いつまでも敗戦国であり続けているなぁ、一体、今後どうなっていくのだろうか、と憂いてしまいました。


★中国人はおしゃべり

中国人はおしゃべりかー言わずもがな、声は大きいです。そしておしゃべりするのが大好きな民族と感じました。タクシーに乗っても運転手とずっとおしゃべり、電車の中で隣に座った人とも、マッサージに行った先でマッサージ師とも、ホテルのエレベータ-の中で乗り合わせた人とも!もちろん話すのは私のクラスメイトの中国人であり、私は中国語は話せないので黙っていたのですが。ホテルのエレベーターの中で私がしゃべらないのを不思議に思った中国人が、私の友達の中国人に「なぜ彼女は黙っているの?旅行者なの?」とまで聞いてきて、こんな数十秒の間もおしゃべりするのがスタンダードなのかと少し驚きました。スイスでも日本でも、今日では、そんなに短い時間内に近い空間にいる見知らぬ人と会話を交わさないと思います。中国人の会話の内容は世間話だったり、冗談を言って笑い合ったりで、ひと昔前の人情味あふれた昭和の時代を彷彿とさせました。


★電車に乗って香港まで移動

全ての日程をこなした後、せっかく中国まで来ているのだから、最後はもう一足伸ばして日本へ帰国することにしました。桂林から空路で私の故郷の福岡に行くには、一度北京で乗り換えがあり、案外時間がかかり非効率なので、高速鉄道で香港まで移動することに。陸路約600㎞の道のりで、時間は最短で3時間ほどですが、直行電車の切符が取れずに乗り換えをしたので、4時間ちょっとかかりました。偶然にも、同じ日に陸路で香港まで移動するクラスメイトが私以外に2人もおり、そのうち1人は中国人だったので言葉の面では心配することなく、心強かったです。


高速鉄道の切符を購入するのがなかなか大変で、中国人はIDカード、外国人はパスポートが必須で、旅行代理店や中華系ネットでの購入は大変面倒らしく、駅の窓口まで夜9時に(昼間だと混んでいて時間がかかりすぎるのでほとんど人のいない閉店間際の時間帯)タクシーで行きました。なるほど、ここでまた指定席とパスポート情報を紐づけての入力です。最終的にはパスポートそのものが切符になり、飛行機のチェックインのような感じです!中国の高速鉄道は、まず駅に入る時点で簡単な荷物検査があり、プラットホームに行く時に、自動改札に自分のパスポートをかざせばドアが開くシステムですが(空港の出入国審査のような感じ)、ホームに行けるのは自分の列車の出発時間の15分前からで、それ以前はいくらパスポートをかざしてもドアが開かないので驚きました。身分証明書と切符が紐づけられているので、またもや、誰がどこで何時のどこ行きの電車に乗ったという個人情報はバレバレです。テロや強盗などの凶悪犯罪は列車内で起こらないだろうし、それどころかどこかにこっそり遊びに行ってもすぐに足がつくんだろうなあ、といろいろと変なことを想像していました。


列車の中は近代的で清潔で、到着時間も正確、日本の新幹線とあまり変わらない感じがしました。桂林からさらに南下を続けて、周囲の植物もますます南国情緒になっていき、とうとう香港に到着しました。香港では、漢字が日本と同じ旧字体なのと、突然GoogleやWhatsApp,LINEが起動し始めて、急に自由の身になった気分がしました。と同時に、物価も西側諸国並みになったので、浦島太郎が竜宮城から戻った気分というか、急に今まで自分がいた元の世界に戻ってきたような感覚に陥ったのでした。

香港では空港近くのホテルに1泊し、翌日早朝のフライトで日本へ無事に帰国することができました。


★また行きたい中国&中華系のエアライン

こうして、無事に中国での旅程を終え、日本に到着した私でしたが、2週間半の中国滞在を終えたころには半分中国人化(⁉)してしまっていたのか、福岡空港のトイレに入って、うっかり使用済みのトイレットペーパーを備え付けのごみ箱に捨てそうになり、ハッとなりました。トイレの内側の壁には「使用済みペーパーは便器の中に流してください」と4か国語で張り紙があり(日英中韓)、そうそう、ここは日本だった、と自分の行動を訂正したのでした。


中国での経験はあまりにも大きく重く(良い意味での)カルチャーショックとなりました。その文化や歴史の深さ、日本の文化も中国からの影響を大きく受けていることや自分がアジア人の一員であるというアイデンティティの再確認、そして私の出身地である福岡・九州北部と中国のつながりが強いことを感じさせる出来事がいくつかあり、今、立っている場所が古くから中国との貿易や文化交流の窓口であったのだと思うと、身が引き締まる思いがしました。


北京と桂林、ほんの2都市だけを訪れた滞在でしたが、中国はご存じの通り広いので、他にもたくさんの素晴らしい場所があるだろうと容易に想像でき、また行きたい、また買いたい、また食べたい、の思いが頭の中で渦巻いています。次回、日本帰国の際は、中華系のエアラインを利用して、トランジットで北京や上海を訪ねるのもいいなぁと漠然と思っています。


今回の旅は、香港-福岡の片道以外は全てAirChinaを利用しましたが、ここで気が付いたことがいくつかあります。すでにコロナ禍以前に何度かAirChinaを利用したことがあり、あまり好きではなかったのですが、今回の旅行で印象が変わりました。

エコノミーでも日本行きなら荷物が2個まで預けられる(2024年12月現在。同じスターアライアンス系のANAやLufthansaは最近無料受託荷物が1つになってしまいました)


  • 日本とヨーロッパ間を結ぶエアラインで中華系エアはロシア上空を飛べる(時間の節約になります!)

  • 北京で6時間以上の乗り継ぎがある場合は、リクエストすれば無料で空港内ラウンジまたはトランジットホテルが提供される

  • 客室乗務員が以前に比べて親切になっている、そして北京―ジュネーブは直行便がある!


トランジットホテルは、中国東方航空でも条件が揃えば無料で利用できるようです。私が帰りに利用した北京でのホテルの写真を添付しますので、皆さんもぜひ中国旅行を検討されてみてください!

 

 
 
 

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