私の手から伝わるもの-
2026年5月発行のジュネーブ日本人会会報「ボンジュールれまん」への寄稿文です。
推拿(すいな)という言葉を知っていますか?
推拿とは、手技を用いて体の経穴(ツボ)や経絡を刺激し、気・血・津液(しんえき)の流れを良くすることにより、肩こり・腰痛などはもちろん、内科・婦人科系の不調、慢性疲労、不眠、うつ、自律神経の乱れなど様々な体の不調に対応する、漢方や鍼灸と並ぶ3000年以上の歴史を持つ中国の三大伝統療法の一つです。日本には、隋・唐の時代にその技術が伝わり、按摩として独自に発展しました。現在の指圧・按摩など多くの手技療法の源流は、深く辿れば、推拿にあります。
対症療法で行われる西洋医学に一種の限界を感じ、本質的に原因を探る中医学の勉強をしたいと思うようになった私は、この地で、中国人女性が校長を務める中医学の学校に5年間通い、その理論や鍼灸・推拿のテクニックを習得しました。
中医学では、鍼でも推拿でも、不調の由来と、その人の体質から原因を探り(弁証)、治法を決め、どの経絡・経穴を治療に用いるか決定します。鍼治療ならば経穴に鍼を打ちますが、推拿では、経穴だけでなく、手法(私が習ったのは20数種類)を選び、順序と割合を含めた施術のプロトコールを瞬時に決定しなければなりません。施術するのに鍼の方が疲れないので鍼を好む施術者が多い中、私は、エネルギー(氣)を直接やり取りできる、手を使った施術に惹かれて、おのずと鍼よりも推拿を用いることが多くなりました。推拿は、優しく強くもあるマッサージですが、体に深く染み入るストロークが特徴で、施術中に眠る方もいらっしゃいますし、「急に体が軽くなった」とか「突然体の中で何かが流れ始めた感じがした」と表現される方がいます。(推拿が痛すぎる場合は鍼治療をお勧めします。)
学校での推拿の実習の時間には、常に師に「神!」(中国語でShen=精神の意味)と叫ばれながら行っていました。つまり「ここにあなたの精神はあるか?」「集中して、心を込めて行っているのか?」ということです。「『神』のない推拿は推拿ではない!」と何度言われたかわかりません。患者さんの体と向き合うときは、精神統一して集中して行う習慣をみっちり叩き込まれました。

ところで私は日本人なので、何か日本的な技術を習得したいと思っていたところ、「古美道」という日本の按摩師が開発した500年以上の歴史を持つ美顔マッサージ(しかし日本では高貴な人のための技だった故、長く門外不出だった技術)をこちらで習えるということを知り、教室に通いました。中医学が一つの大きな幹なら、古美道は枝の一つ、推拿の応用で技術を取得することが出来ました。この古美道、約1時間の施術で私自身が驚くほど、男性も女性もお顔が整います。ほとんどの場合、目力が強くなり、フェイスラインがシュッとします。しわが薄くなり、美肌効果があります。中には終了後、キラキラと光る粉を纏ったように見えてしまう場合があります。不思議なのは、施術中、被施術者と私の精神が共鳴するのか、二人でどこか遠くの深い澄んだところに雲にでも乗って飛んで行ってしまうような感覚に陥ることです(施術中ほとんどの方はお休みになられてしまいます)。終了時には、旅をしていた精神が戻ってきたような感覚です。
幸せな気分で施術室を去られると私も幸せになり、古美道を施術してよかったと心から感じるのです。
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